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思い出の先生と会おう
思い出に残る先生と再会しよう

vol.09札幌医療秘書福祉専門学校編NEW!
大石由恵子(ゆみこ)先生(写真左) 札幌ビューティーアート専門学校副校長。札幌医療秘書歯科助手専門学校(現・札幌医療秘書福祉専門学校)卒業後、病院での勤務経験を経て同校教員に。初担任のクラスに反保さんがいたという思い出深いつながり。
反保(旧姓:渡部)純子さん(写真右) 1996年に札幌医療秘書歯科助手専門学校を卒業し、札幌南逓信病院(現・札幌逓信病院)入職。他院に転職後、結婚を機に退職する。3人の子育てが落ち着き、開院準備中だったfクリニックに就職。現在は医療事務のチーフを務める。

社会へのいいスタートラインになった、三幸学園の2年間

大石
反保さんたちが卒業して20年経つんだね。私が初めて担任した生徒たちだし、思い出深いな。でも学生時代の反保さんは何かふわふわした感じで、こんなに長く仕事を続けているのが不思議な感じがするくらい……。
反保
私はあまり真面目そうに見られなかったですから(笑)。子育てもちゃんとできるか、周囲の人に心配されたくらいですし。でも「やるときはやる」タイプなんです!
大石
確かにそうだったね。1年生で受ける医療事務検定だって、初回合格は難しいと心配されながら合格したもの。
反保
若かったから、根拠はないけど自信だけはあって、「本気を出せばどうにかなる」と甘く考えていたんでしょう。だから就職活動のときも、この病院に行きたいと決めたら一筋。そこは三幸学園からの採用実績がなくて、先生方がすごく頑張って応募の段取りをしてくれたんですよ。
大石
でも内定したのは反保さんの実力だから大丈夫。それに2年生後半からは内定先でずっとアルバイトを続けていたんでしょう。
反保
ええ、そのときに現場の厳しさを実感しました。例によってやればできると思っていたら、私のミスが大勢の人に迷惑をかけると分かってショックでしたね。このときから考えを改めて、「これはあの授業で習ったことだ」とか、「この内容がこちらの基礎になるのか」とか、学校で学んだことを自分なりに整理して仕事を覚えていったんです。
大石
それはとても貴重な経験になったね。
反保
三幸学園は、私が社会に出るいいスタートラインになってくれました。就職活動のほかにもいろいろな希望を先生たちが聞き入れて、その実現を手伝ってくれたから今の自分があると感じています。

大石由恵子(ゆみこ)先生

大石
私は勤めていた病院を辞めて三幸学園に入ったばかりだったから、みんなとの距離感がうまくつかめず、あまりいい先生ではなかったかも知れないな。
反保
そんなことはないですよ。とても親しみを持たれていたし、厳しいときは厳しくても、それを後まで引きずらない先生と分かっていたから、みんな信頼してました。逆に私はみんなの輪にうまく溶け込めず、しかも思ったことをズケズケ言うものだから、クラスでは怖い存在になっていて。
大石
人見知りのせいか誤解されることもあったね、話してみると全然違うのに。そういえば私の結婚披露宴に飛び入りしてくれたこともあったし。
反保
学校は卒業していたけど、大石先生の結婚式には絶対行かなくては! と思って、同級生たちと花束を持って披露宴に飛び入りさせてもらいました。事前に行くことは先生に伝えたからサプライズではなかったと思うけど。
大石
それでも本当に来てくれてうれしかった。

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自分なりの楽しみを見つけると、長く仕事が続けられる

大石
最初に勤めた病院から、割と早く転職したと聞いたけど。
反保
あれだけ無理を言って入職したのに、意外にあっさりと(笑)。待遇面などいろいろ考えるところもあって、次は大きな病院ではなくアットホームなクリニックに勤めたんです。健康保険外の自由診療が中心で保険の請求業務は少なかったのですが、受付や一般事務なども担当。居心地が良くて数年働きました。それから結婚して退職して3人の子育てに追われ、仕事はしばらくブランクがありましたね。
大石
それでもまた働こうと思ったのはなぜなの?
反保
ずっと自宅にいて周囲から取り残される感じが嫌で、仕事を通してもっと社会と関わりたいと思ったんですよ。子どもも母親とばかり一緒にいるより、昼間は保育園で同世代の子たちと遊ぶのはいい経験になるでしょうし。それで退職したクリニックに相談したら、系列のクリニックを紹介してくれました。
大石
以前の仕事ぶりを信頼されていたからこそだね。そのまた次が、今の「fクリニック」になるの?
反保
ええ、紹介されたクリニックに勤めましたが自宅から少し距離があり、保育園への送り迎えや子どもに何かあったときなどが不安でした。もう少し通勤しやすいところに移ろうと検討中に、近くに整形外科ができるという看板を見かけてすぐ連絡したんです。
大石
まだ医院のオープン前に? 医療事務の募集もよく分からない時点でアクションを起こしたんですね。
反保
待ちの姿勢でチャンスを逃すのがいやなんでしょうね。医療事務はニーズがあるので、私みたいに積極的に探せば希望に近いところは見つかると思いますよ。「fクリニック」はオープン前に少し研修を受けて、2007年4月の開院と同時に働き始めました。といっても最初は3人目の子どもが小さかったのでパート扱いで、その後に正社員になって今に至る、です。
大石
私は医療校に10数年いた後、こども校に7年、それからビューティー校に移って2年たったところ。三幸学園の教員になってよかったのは、こうやって卒業生とずっとつながっていられることですね。その卒業生が社会で活躍したり、連絡を欠かさずくれたりすると、自分がやったことの手応えを感じられるんですよ。反保さんの仕事はどう?
反保
患者さんと深く関われるのが楽しいですね。開院時から受診されている方も多くて、昔からのスタッフには「いてくれると安心」と声をかけていただけます。私も長く勤められてよかったと感じますし、クリニック側も学校の参観日などは予定をうまく調整してくれるので有り難いですよ。
大石
働いて自分なりに仕事の魅力が見つかると、さらに長く続けられるんでしょうね。だからすぐに仕事を辞めてしまって、そういう魅力を知るチャンスを逃す人がいるのはもったいないと思うな。
反保
私も職場の後輩になるべく長く勤めてほしいから、不満や相談には耳を傾けて、みんなが働きやすい環境にしようと思っています。それにこのクリニックは医療事務が診療室にも入り、医師の診断書作成をサポートするクラーク業務も兼務するので知識の幅が広がるんですよ。どんな診療が保険請求に反映されるのか、患者さんがどんな診断や治療を受けて会計をしているかが分かると、仕事がますます面白く感じます。

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医療事務の面白さを伝えるため、先生になってみたい

大石
今はチーフとして、みんなを指導する役割なんでしょう。今年度から三幸学園の卒業生もお世話になるようだし。
反保
ええ、いつの間にかそういう立場になって(笑)。最初は私より経験のある方もいましたし、与えられた業務をきちんとやるスタンスでいました。それが円山公園近くにオープンした「fクリニック円山」の医療事務を任され、自分から積極的に仕事に取り組む姿勢に変わったんです。もちろん私だけでは仕事は動かないので、クリニックの後輩スタッフへの教育も大事なこと。どうしてこういう処理になるかなど保険請求の理屈をしっかりと教えて、一人ひとりが自分で考えて自主的に仕事ができるようにしたいんです。若い子から「教え方が分かりやすい」と言われたり、いい後輩が育つのを見たりすると私もうれしいですね。
大石
反保さんがこんなに長く仕事を続けて、医療事務の魅力を熱く語ってくれるとは思わなかったな。仕事や子育ての経験は大きいよね。
反保
確かに子育てと後輩の教育は似ていますね、しっかりしたサポートは大事だけど、手伝いすぎると本人がやる気をなくすところとか。だから私は最初のうちは丁寧に教えて、途中から少しずつ「これはどうやるんだっけ?」と自分で考えてもらうなど、教え方に工夫しています。実はそんなふうに自分が社会で学んだこと、経験したことを若い人に伝えたくて、母校で先生をやってみたいんですよ。

櫻井佳子先生

大石
私も絶対、反保さんに先生をやってほしい! 現場の今を授業してくれる人は貴重な存在だし、医療事務の深さや面白さを三幸学園の後輩に話してもらいたいな。
反保
医療事務の実務はもちろんですが、「人としてどんな気持ちで働くか」も伝えたいんです。医療事務は医院の受付も兼ねるなど、患者さんが最初に接する相手になることも多くて、人間力が重要だと感じているので。そして待合室の雑誌が乱れていたら自ら元に戻すなど、お客さまを迎えるという気持ちで仕事をしてほしいんです。
大石
そういった自主性や思いやりの大切さなどは、三幸学園の教育でも強化しているところなので、それも是非お願いしたいな。卒業生と久しぶりに会って話していると、こんなに成長したとか、こんな想いで仕事をしているんだと分かって、私の励みにもなります。「みんなに長く勤めてほしい」という反保さんの気持ちが、子育てが終わった卒業生にも伝わって、「また働こう」と思う人が増えたらうれしいですね。

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