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思い出の先生と会おう
思い出に残る先生と再会しよう

vol.07東京こども専門学校編
髙橋夕子先生(写真中央) 東京こども専門学校副校長。東京医療秘書専門学校(現・東京医療秘書福祉専門学校)を1989年に卒業し、病院で医療事務を経験後、三幸学園の教員に。神山さんが東京こども専門学校1年次のクラス担任を務める。
野崎幸治先生(写真左) 三幸学園チャイルドケア事業本部担当理事。髙橋夕子先生が東京医療秘書専門学校(現・東京医療秘書福祉専門学校)で学んだときの担任であり、「キッズ大陸よこはま中川園」で働く神山里美さんの上司。
神山里美さん(写真右) 2012年に東京こども専門学校のこどもスポーツコース入学。2015年4月から「キッズ大陸よこはま中川園」に入職し、保育士資格を持つスポーツインストラクターとして活躍中。

人から人へ、三幸学園のつながりが広がる

神山
私の担任だった髙橋夕子先生と、夕子先生の学生時代の担任で、今は私の上司にあたる野崎理事。いろんなつながりのある方と一緒にいると不思議な感じがします。
髙橋
神山さんとも久しぶりに会うけど、「キッズ大陸」の先生になった初めのときよりも、ずいぶんしっかりした感じですよ。
野崎
そういえば、神山さんが三幸学園の先生になるときの最終面接は、私が担当したんだったね。

髙橋夕子先生

神山
ええ、私も面接が終わって、夕子先生に「野崎理事は自分の担任だった」と聞き、「そんな偶然があるんだ!」と驚きました。でも三幸学園は人と人の結びつきが強く、「あの人とあの人が知り合いで、さらにその知り合いが実はこの人」のように、意外な交流関係が見つかることも多くて楽しいですね。
野崎
担任した学生が三幸学園の教員になり、その教え子も三幸学園で働いて……と関係が続くのは、学園としてもすごくうれしいこと。そうやって「元気で明るい、三幸学園らしさ」が次世代に伝わっていくでしょうから。
髙橋
今でこそ「ポジティブシンキング」「プラス思考」といった指導が評価されていますけど、野崎先生は私の担任だったときから、その先駆けでしたね。明るく前向きな先生に引っ張られて、クラス全員が明るく前向きに過ごせました。ただ学生のときは「先生が明るいのは悩みがないせいだ」と思い込んでいましたけど(笑)。ところが自分でクラスを運営していくと、担任がポジティブでいる大切さを実感します。
野崎
クラスのみんなが仲良く楽しそうに過ごしていると、担任も自然に楽しくなるんですよ。それに髙橋さんも1年生のときから学級委員としてクラスをサポートして、まるで担任のようにみんなの面倒を見てくれましたからね。
神山
私たちもクラス全員の仲がよくて、今でもクラスで集まることは多いですね。それに夕子先生にもよく面倒を見ていただいて。
野崎
髙橋さんは夕子先生って呼ばれていたんですね。
髙橋
はい、私はクラスを保育園・幼稚園に見立てて、「先生と学生」ではなく「園長と職員」になぞらえてクラス運営していたんです。入学したらプロという意識を持って、職場を模擬体験する感覚で学んでほしいと思ったものですから。専門科目の先生の中には、学生を「○○先生」と呼んで自覚を満たせる方もおられるので、それを参考にクラス全体に広げるようなイメージで。
神山
そうやって夕子先生が園のような雰囲気作りをしてくれたことで、「ここは先生になる学校なんだ」と強く意識できたんです。

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さまざまな学校行事の経験は、社会でも役立つ。

髙橋
でも神山さんの担任になって、私にもプレッシャーはあったんです。水泳のオリンピック代表レベルで練習していた彼女が、保育士を目指して入学した訳ですから。
神山
今考えても、東京こども専門学校への入学は人生のターニングポイントでした。水泳インストラクターとして苦労を重ねてきた母に「資格を取って水泳以外の道を」と勧められたとはいえ、保育士を目指すのは大きな決断でしたから。2人の弟や実家近くの保育園などで小さい子と関わる経験はありましたが、ピアノなどは未経験に近い状態で。

神山里美さん

髙橋
確かに入学当初は片手で弾くのも大変そうだったけど、神山さんは努力して伸びるタイプだから、ピアノもやがて弾けると安心していました。ただ両手でスムーズに弾く姿を見たときはさすがに目頭が熱くなって。ピアノの教科担当の先生から上達ぶりは聞いていましたが、やはり直接目にすると感動が大きいですね。
神山
保育園実習が始まる2年生までに弾けるようになろう、と頑張ったんです。ピアノを習いに行く時間もお金もなかったので、小さなキーボードを買って自宅で地道に練習していました。高校までの水泳で培った「努力を続ければ結果は出る」という自分の感覚を信じて、前に前にと進んだ感じでした。
野崎
髙橋さんが東京医療秘書専門学校に入学したのはどうして?
髙橋
高校生のときから「資格を取り、手に職をつけて社会に出たい」と思っていました。中でも医療分野に興味がありましたが、看護師は私の仕事イメージとは違う感じで……。あれこれ探しているうちに医療事務の仕事を知り、資格が目指せる医療校に学校見学に行って、その明るい雰囲気が気に入って入学を決めました。
野崎
卒業後は病院で医療事務を経験して、三幸学園に戻ってきたんですよね。「今の職場を続けようか、キャリアチャレンジしてみようか」と相談の電話もくれて。
髙橋
そうです、そうです。あわよくば他の医療機関の求人も聞こうと思いまして(笑)。
野崎
そのとき、せっかくなら三幸学園の教員にならないかと私が提案したんですよ。
髙橋
実は三幸学園で野崎先生をはじめすてきな先生と出会って、教員の仕事に興味を持ち始めたんです。それも専門科目の担当より、職業に直結した内容を自分の言葉で話せるような担任が希望でしたから、あのとき声をかけられてとてもうれしかったですね。
神山
私はキッズ大陸で仕事を始めて、さまざまな学校行事でリーダー役などを務めたことがすごく役立っていると実感します。同チームの先輩・後輩に意図をうまく伝えようと工夫した経験は、入園を検討される保護者をご案内するときの対応にも生かせますし。
野崎
三幸学園は髙橋さんがいた時代から、行事は盛んでしたよね。
髙橋
ええ、さすがに当時はまだ規模は小さく、現在は地域の学校すべてが集まって盛大に行われる三幸フェスティバルも、当時はまだ学校ごとの行事でした。それでもみんなが協力して全体を盛り上げる雰囲気はとてもよかったですね。ただ、私が教員になって学校側の三フェス担当になったときは、雨で流れたことが2回もあったので、「わたしって雨女?」。今はドームなど屋内で行事ができるのが少しうらやましくて(笑)。
神山
もちろん授業にも共感しました。中でも「成功の法則」はとても三幸学園らしい授業でした。どのように目標を達成するか、そのためにどんな心構えや行動が必要なのかを学ぶことで、自分もまた頑張ろうと思えたんです。
野崎
そういう三幸学園らしいスピリットを伝える機会は重要ですね。

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周囲の支えがあるから、新しいことに挑戦できる。

野崎
神山さんはキッズ大陸に勤めて約1年。「よこはま中川園」は2013年に開園したばかりで、何にもないところからのスタートは大変だったでしょう。
神山
そうですね。新しいことを始めるにしても、参考資料は前年分しかありませんし、何でもアイデア段階から自分たちで考えていく難しさを感じます。でもそれだけに、私がやりたいことをやらせてもらえる環境は有り難いですね。一緒に勤めている先輩方も「どんどんチャレンジして。責任は自分たちがとるから」と応援してくださいますから。
野崎
そもそもキッズ大陸が「スポーツ幼児園」という日本にまったく無い業態。前例がないので、新しいことを始めるのは大歓迎なんです。

野崎幸治先生

神山
今はよこはま中川園でクラス担任と水泳インストラクターを兼務していて、これも園としては初めての取り組み。通常の担任業務に加え、週1回の水泳プログラムも作るので大変ですが、両方の視点から園児のことが理解できるなど新鮮な経験ができて楽しいです。水泳の指導までやっている園は珍しく、それもキッズ大陸を志望した理由の一つでしたから。ただ時には業務に追われ、手一杯になることもあって……。
髙橋
私は保育現場は未経験ですが、これまでの教員経験から言うと、1年経つと業務の見え方がまったく変わってくると思いますよ。保育園や学校は業務のサイクルが1年単位なので、3月頃にはそれまでの経験をもとに、「今度入る園児たちにはこの時期にこんなことを言おう」、「保護者の皆さんには前もってこういう対応をしておくと安心していただける」といった方針が見えてくるでしょう。
野崎
保育では「こどもが好き」という気持ちはもちろん大切ですが、同時に保育士、保育園としては、その子が「10年後、20年後にどうなってほしいか」という視点で接することも重要。入職して1年足らずでいろいろなことを任されている、そうした貴重な経験はきっと神山さんの成長につながるはずです。
神山
そうですね。こどもたちが何年後にこうなるだろうという将来像は日々意識して、その子のためを思って接するよう心掛けています。夕子先生が言われたように、行事運営なども自分の経験をもとに、もっと前準備などが手際良くできるといいですね。
野崎
それは多くの経験を積む中でさらに磨きがかかることですから、そうしたベテランになれるくらい長く勤めてほしいですね。キッズ大陸にはオリンピック選手を育てたような指導者も経験豊かな保育士も在籍されています。あとは神山さん自身がその方たちの知識・経験をどう吸収していけるかです。
神山
これからは園の水泳プログラムに力を入れて、水泳が楽しいと思ってくれる子を増やしたいですね。もちろん歌や工作などスポーツ以外のことも充実させながら。私は歓迎会のとき「定年まで三幸学園にいます」と宣言したんです。続けることに意味がある、続けないと分からないという考えなので、この仕事を人生で一番長く続けて、やりたいことをすべて実現したいと思っています。
髙橋
三幸学園グループには女性が長く働ける環境が整っているし、育休・産休の制度も利用しやすく、職場にも復帰しやすくなってきているのは魅力。また保育園以外にもいろいろな部署があって、専門学校や大学・短期大学で教える、学校運営に携わるなど多様なキャリアパスが用意されているから、是非そうしたチャンスを生かして!
野崎
神山さんのような若い先生の経験が、これからの日本をつくるこどもたちを育てていくんです。期待していますよ。

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