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思い出の先生と会おう
思い出に残る先生と再会しよう

vol.04東京医療秘書福祉専門学校編
柳原美知子先生(写真中央) 東京医療秘書福祉専門学校教員。三幸学園で30年近く医療事務教育に携わり、数千人の卒業生を送り出した「医療事務の神様」。小松さんの担任も経験。
小松 希さん(写真左) 2002年に東京医療秘書福祉専門学校を卒業し、三幸学園に職員として就職。東京リゾート&スポーツ専門学校を経て、現在は50校以上を擁する学園全体をサポートする総務部に勤務。
寺田加奈絵さん(写真右) 2002年に東京医療秘書福祉専門学校を卒業。三幸学園に職員として就職以来、東京医療秘書福祉専門学校に勤務。産休や育休を活用して、現在は3人の子育てと仕事を両立中。

知識ゼロから、三幸学園の「医事の神様」になった先生

柳原
2人とも、専門学校を卒業して何年たったかしらね?
小松
もう13年になりました。
寺田
私も小松さんも専門学校の2年生のとき同じクラスで、2002年3月に卒業した後はずっと三幸学園で働いています。私は卒業した東京医療秘書福祉専門学校で事務の担当です。
柳原
私が経理関係の伝票を書くときは、「間違ったら寺田さんに怒られる」と思って書いているわ(笑)。

柳原美知子先生

小松
私は卒業してすぐ東京リゾート&スポーツ専門学校の事務に就いて、今は三幸学園全体の総務部で働いています。
柳原
私が三幸学園に教員として入ったのは1986年だから、学生を教え始めて30年近くになるのね(笑)。あなた方の年代を教えていた時期が、私自身も一番ガッチリと仕事をしていたときかもしれない。
寺田
いえいえ、先生はいまだに現役バリバリですよ。
柳原
そうかしら。もちろん卒業生のことはすごくよく覚えているし、担任を受け持った学生は名前と就職先まで思い出せるの。小松さんは1年生のときのクラス担任だったし、2年生になってからは専門教科をいくつか担当していたから覚えているけど、2人ともとてもよく勉強していたじゃない?
寺田
先生だって三幸学園の「医事の神様」として、専門学校で使うテキストもお作りになっているじゃないですか。そんなすごい先生に教わっていたことを、卒業してから知りました。
小松
私たちは先生に医療事務と診療録管理学の科目を教わりましたけど、そもそもなぜ三幸学園でそうした科目を教えることになったんですか?
柳原
自分が学校で教え始めたのは、まさに医療事務の科目がきっかけ。私自身がこの勉強をしてすごく面白くて、女性の就職にも役立つと感じたから、もっとたくさんの人に魅力を知ってほしいと思ったの。
寺田
確か昔は金融機関にお勤めだったのでは?
柳原
そうよ。故郷で金融機関に就職したけど、結婚相手が全国を転勤で回る人だったの。勤めていた金融機関も辞めて、慣れない土地での出産や子育てに追われて10年ほど専業主婦を続けていたんですよ。ようやく千葉県内で落ち着いて暮らせるようになってから、何か仕事をしたくて病院事務職の求人に応募したの。「病院なら土、日曜はしっかり休めるからいいだろう」と軽い気持ちでね。そのときの面接で「点数計算はできますか?」と聞かれて、何のことか分からなかったら、「ああ、もう結構です」とすぐに面接が終了して。恥ずかしい話だけど、当時は治療費の何割を健康保険で負担しているとか、医療機関は治療費を点数で計算しているとか、まったく知らなかったから。そんな面接の終わり方がショックで、一から勉強しようと頑張ったんですよ。
小松
そうですか、「医事の神様」にもそんな時代があったんですね。
柳原
誰にだって始まりはあるもの(笑)。勉強のために選んだ短期スクールが、三幸学園の母体になった日本医療事務協会の講座。そうしたら医療事務という分野への興味はもちろん、新しいことへの勉強そのものが楽しくて。講座修了後は資格を取ってクリニックで働いたけど、協会から「社会人を対象にした短期スクールで講師をやりませんか」と声がかかったの。新しい経験ができるし、やってみようと始めたら忙しくなって、結局は土日も仕事をしていたわね。教室の講師を2年勤めたら、「次は学校で教えませんか」と誘われて東京医療秘書福祉専門学校に入って……。
小松
それからずっと30年近く、学校で教えていらっしゃるんですか。
寺田
やっぱり最初から教え方がお上手だったんですね。真剣に教えてくださるから、こちらもその気になるんですよ。
小松
私も高校までとは勉強の真剣度が全然違ってきましたからね。

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30年近く教えていても、翌日の授業準備に時間をかける

柳原
ところで、あなた方はどうしてこの学校で勉強しようと思ったの?
寺田
私は医療事務を全然知らなくて、この学校を見学する友人の付き添いで来たのが始まりです。「終わったら東京で少し遊んでいこう」という友人の計画に釣られたのですが、話を隣で聞いているうちに興味がわいてきたんですね。もともと医療系を目指していたので、「この仕事は計算がとても大切」と聞いて、数学好きの私に向いていると思って。その後は自分からいろいろな専門学校を見て回ったんですが、やっぱり三幸学園の雰囲気が好きで入学したんですよ。
小松
どんなところがよかったの?
寺田
ここだったら楽しみながら勉強できると思ったから。学生と先生が仲良くて、ちゃんと信頼し合っている感じで、何でも相談できる雰囲気だったのね。ほかの学校は医療事務という分野のせいか、何だか堅苦しい感じで。

小松 希さん

小松
確かにそんな雰囲気はあるよね。私も医療関係が就職しやすいだろうと思って、いろいろな学校を見て回ったけど、三幸学園以外は「何か違う、ここは自分とは合わない」と感じたもの。一方で三幸学園は相談で対応してくれたのが、今は飛鳥未来高校の福岡キャンパスにいる本多先生で、とても明るくていい感じでした。
柳原
実は本多先生も私の教え子なのよ。一時期はこの学校で秘書の科目を担当していたし、よく知っているわ。
小松
先生が教えた学生って一体どれだけいるんでしょうか?
柳原
担任した学生と科目で教えた学生を合わせると1年間で100人近くだから、30年近くで2000人は超えてしまうかも。そういえばこの間のオープンキャンパスでは、私が送り出した卒業生のお子さんが来てくれたのよ。驚いたけど、今度はその卒業生自身が東京出張のときに会いに来てくれるそうだから楽しみ。
寺田
そういう長年の経験を積んだ先生のおかげで、うちの学校の資格合格者数はすごくいいんですよ。難しい診療情報管理士の資格の合格率も全国1位ですし。
柳原
診療情報管理士の資格は、私もこれから絶対に必要だと思って資格を取ったの。そうしたら、「せっかくだからその科目も担当してください」と学校から頼まれて苦労することになったわ(笑)。
小松
どうして診療情報管理士が大切だと思ったんですか?
柳原
最初はカルテの管理をする診療録管理士という資格だったけど、それが患者さんの情報まで管理していく診療情報管理士に改められると聞いて、「医療事務の業務範囲を広げてくれて、就職や転職に役立つ資格になる」と考えたからよ。私は診療情報管理士に限らず、学校でできる限りたくさんの資格や知識を身につけてほしいと思っているんですよ。万一結果を残せなくても、その勉強は自分の実力として身につくでしょう。
寺田
先生は単に勉強を教えるだけでなくて、医療現場や世の中の動きもよくご存じですよね。常に勉強されているのがすごいと思います。
柳原
だって忘れちゃうから復習しないといけないし、新しいものはどんどん取り入れていきたいし。現在の医療を現場ではこう考えている、社会はこう見ている、そんな時代にはこの勉強が必要。そう実感してもらえば、学生がもっと真剣に勉強してくれますからね。だから自宅でのんびりできるのは、翌日に授業がない金曜と土曜の夜くらい。普段は教えることをおさらいして、授業の流れを考えて……とやっていると、夜遅くまでかかってしまって。おかげで夫からは「うちには毎年受験生がいる」と笑われるけど。

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仕事も子育ても、全部欲張ってきた先生のようになりたい

柳原
私だけでなく、2人とも10年以上も仕事を続けて偉いと思うわ。私は「子どものせいで仕事を辞めるのではなく、仕事も結婚も子育ても全部欲張って」「女性も定年まで仕事を持って働いて」と言っているけど、寺田さんはお子さんが3人いるんでしょう?
寺田
ええ今は5歳、3歳、1歳で、仕事も結婚も子育てもと、先生が言った通りに欲張っています(笑)。特に私は同じ学校なので、結婚や出産の節目で迷ったらすぐ先生に相談しますからね。
柳原
そうそう、最初のお子さんのときも「育休が明けたら戻ってきてね」と。
寺田
言われました。職場では先生に応援されて、家では義理の母にも手伝ってもらって、仕事と家庭の両立を続けています。
柳原
でも三幸学園って女性の数も多くて、働きやすい職場だと思うわ。
寺田
ええ、特に最近は制度もどんどん整ってきて、子育てをしながら働きやすい環境になっていると感じます。私は産休・育休で10ヵ月ほど休んで復帰するのを、3回繰り返しました。義理の父母と同居中なので復帰後もすぐにフルタイムで働けますが、それ以外に時短勤務も用意されていますしね。ただ、さすがに子どもが病気のときは休ませてもらっています。

寺田 加奈絵さん

柳原
もちろん、子どもが最優先でいいんじゃない。
寺田
そういう考えを受け入れてくれる職場の雰囲気って大事ですよね。
柳原
小松さんは総務の仕事をどう感じているの?
小松
学校の現場より総務の方が長くなりましたが、やはり学園全体の仕事ですから、現場とは少し違います。50校以上もあるグループ校全体のアドバイザー、サポート役という感じでしょうか。いろいろな人と会う機会は減りますが、女性も多くてみんな楽しくやっています。
柳原
役職にも就いて、私も教え子が成長していく様子が見られてとてもうれしいわ。先生は休んだときに別の人が教えられるけど、事務職は一人ひとり違う仕事を担当しているから、代わりがいない大事な役割ですよね。
寺田
先生が教員を長く続けられた理由は何ですか?
柳原
自分が教えたことで、相手が成長することが楽しいからかな。特に医療事務の勉強は高校までの成績は関係なく、入学したらみんな同じスタートライン。だから努力次第でどんどん成長していくのよ。そして私自身も毎年違う学生を担当するたびに気持ちもリセットされて、また新しい成長に出会える楽しみがあるの。寺田さんや小松さんのこれからの目標は何?
寺田
私は子育てと仕事の両立を続けて、働くママの見本になりたいですね。「みんな安心して産んで。大丈夫だから」と分かってほしいんです。仕事をすると自分の人生までが潤います。私の場合、外に出ていろいろな人と関わることが楽しいし、誰かの役に立てている実感もありますから。
小松
私は自分の仕事とは少し違いますが、もっと卒業生に三幸学園で働いてほしいと思いますね。
寺田
私たちの同級生で三幸学園に勤めている人は4、5人いますけど、案外と母校で働けると思っていないみたいで、そういう道があると知ったら希望者は増えるんじゃないでしょうか。
柳原
確かに最近は社会で現場を数年経験して、三幸学園に戻ってくるのが一般的になってきましたね。現場のことを体験ベースで教えられるのは教員としての大きな強み。もっとたくさんの卒業生に三幸学園を職場として考えてほしいわね。

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