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思い出の先生と会おう
思い出に残る先生と再会しよう

村松 千秋先生 小島 公子さん

vol.01仙台医療秘書福祉専門学校編
村松 千秋先生(写真左) 仙台医療秘書歯科助手専門学校
(現・仙台医療秘書福祉専門学校)で小島さんのクラスを担任。現在は飛鳥未来高等学校のキャンパス長(仙台校及び池袋校)。
小島 公子さん(写真右) 1991年仙台医療秘書歯科助手専門学校
(現・仙台医療秘書福祉専門学校)卒業。歯科医院勤務を経て大学病院に勤務。

三幸学園の先輩が私たちの担任になった理由

小島 公子さん

小島
村松先生お久しぶりです……という感じではないですね(笑)。
村松
小島さんとは、卒業後も何度か会っているせいかしら。
小島
それもありますけど、在学中も卒業してからも、先生とはあまり距離感や関係が変わらない気がするんですよ。
村松
そうなんだ、うれしいなぁ。私も三幸学園で先生になってから、初めて 担任したのが小島さんたちのクラスだったから、とても印象に残っているの。当時はみんなとの年も数歳しか違わなかったし。
小島
だから先生というよりお姉さんみたいな感じで、私たちもよく話をしていましたよね。先生だと思ったら相談できないプライベートなことまで……。
村松
だってあのときの私は20代半ばで、みんなと4、5歳しか違わなかったんだよ。
小島
そういえばどうして三幸学園の先生になったんですか? 確か仙台校の一期生だから、私たちの先輩でもあるんですよね。
村松
最初は歯科助手として歯科医院に勤めたんだけど、交通事故で靱帯を傷めて長時間の立ち仕事が難しくなってね。私の担任だった先生から、そういう事情を知って電話をもらってね。「けがは大丈夫なのか」と話をしているうちに、「それなら三幸学園に戻って先生をやってみないか」と誘われたのがきっかけ。
小島
そうなんだ。いろいろな縁があるんですね。先生になった感想はどうでしたか?
村松
勤めたのは自分が実習した歯科医院で、働き始めてからも後輩たちが実習に来ていたの。そこで「現場でここが分からない」といった話を聞いて、「現場ではこうしているよ」「こう考えると気持ちが楽だよ」とアドバイスしていたから、その延長という感じだったかな。私なりに身につけた現場の知恵を教えたかったのと、何より「歯科の仕事ってすごくいいんだよ」と在校生に伝えたくて先生になったんだと思うのよ。患者さんから感謝されて、たくさんの笑顔に囲まれる仕事なんだよって。

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手づくり卒業アルバムを今も持っているなんて感激

村松
小島さんはどうして三幸学園に入学しようと思ったの?
小島
子どもの頃からけがが多くて、よく病院に行っていたんです。だから白衣で優しくしてくれる人が好きで、自分もああなりたいと思ったんでしょうね。
村松
そういう優しい気持ちの人が多かったのか、当時のクラスのみんなは慣れない私をよく助けてくれたなぁ。小島さんはクラス全体をうまく盛り上げてくれたしね。
小島
県外から来ている子も多かったので、みんなで仲良くやりたいと思って声をかけていたんですよ。先生も「○○さんはどうしたの」ってみんなに目配りしていましたよね。年齢的にはお姉さんでも、口癖はお母さんみたいな感じで(笑)。
村松
そう思ってくれてありがとう。みんなをうまく導けたらよかったんだけど、私が未熟なせいで、クラスのみんなは自分で答えを出して成長した感じだったね。その中でも一番の思い出は、みんなで作ってくれた卒業アルバム。
小島
ひょっとしてまだ持っているんですか? クラス全員が画用紙で自分のページを書いて、1冊に綴じた手づくりアルバム。
村松
当たり前でしょう。最後のページにクラス全員で撮った写真も載っていて、とてもうれしかったのよ。

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就職してからも、先生を思う気持ちは変わらない

村松
小島さんが実習した歯科医院は厳しかったよね。
小島
行く前から「あそこは厳しい」といううわさでした。でも自宅から近かったし、まあ何事も体験だと思って(笑)。
村松
小島さんは実習先からとても評価されていて、「次も小島さんのような実習生を送ってほしい」と言われたほどなのよ。
小島
本当ですか? 結局、私はその歯科医院に就職して5年間勤めましたからね。新人で入って一番長く勤めたケースだそうですよ。そこは矯正、口腔外科、当時としては最新技術だったインプラントもやっていました。腕がいい先生だったので患者さんも多くて、アシスタントは「次は何をやるか」を理解して準備するのが大事だったんです。

村松 千秋先生

村松
そうやって社会に出ても成長しているのがすごいね。それから今の大学病院で働き始めたんでしょう? 今では上司から相談される立場だと、人づてに聞いたわ。
小島
大学病院のベテランスタッフが2人同時に辞めるので、「是非、経験者が欲しい」といわれたんです。実は私は歯科より医科の事務をやりたくて勉強もしたんですけどね。「ほかのスタッフが慣れる間、数ヶ月だけでも」といわれて勤めたはずが、いつの間にか10数年たってしまって(笑)。
村松
そしてうちの夫がたまたま大学病院を受診して、「あれ、小島さんじゃないの?」と見つけてくれて。
小島
そういえば先生が結婚するとき、呼ばれてもいないのに教会まで見に行きましたからね、盛岡や八戸で就職した同級生も集まって。だから旦那さんも私の顔をご存じだったんですよね。
村松
それから家族ぐるみのおつき合いになって、現在に至ると(笑)。
小島
結婚式を見に行った友人たちとは、今でも何年かおきに集まっているんですけど、必ず「先生に会いたい」という話が出るんですよ。私は「それほど会いたいの」と冷静に答えますけど、よく考えたら私は仙台住まいで、先生とたまに会っていますからね。
村松
でも、私もこんなに長く三幸学園に勤められたのは、本当に小島さんたちの担任をさせてもらったおかげ。子どもが生まれたタイミングで退職しようとしたら、みんなから「辞めないで」という手紙ももらったし。本当にうれしかったわ。
小島
なるほど、私たちが先生に自信をつけさたせたのかもしれませんね(笑)。
村松
そんな私もやがて50歳になるんだよ。知ってた?
小島
えっそうなんですか! ではせっかくだから同級生を集めてお祝いをしましょう。みんなきっと喜びますよ。私たちが企画しますから、そのときはよろしくお願いしますね。

「先生に今の自分を見せたい」「今だから伝えたい」という卒業生のみなさま。この企画への参加希望の連絡をお持ちしています。

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